父の葬儀で私が気にかけていた10の事柄

  • 2020年7月14日
  • 2020年7月14日
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朝刊にお悔やみ欄がある。時々見ては自分の年齢に近い人の死をさがす。今日も見ていたら、ふと、11年前に亡くなった父親の葬儀の時のことを思い出した。

その時、私が何を思っていたか、「父の葬儀で私が気にかけていた10の事柄」をご紹介します。

10位 年賀状

葬儀の合間に、来年の年賀状は出せなくなってしまったなと考えていた。その代わり、喪中はがきを11月頃までには送らなきゃ、って思った。

市販のものはいやなので、オリジナルの喪中はがきを作ろうと、その文面までを坊さんのお経を聞きながら考えていた。

9位 持ち込み

葬儀会場のルールに「持ち込み禁止」というものがある。お酒のおつまみやお菓子もだめ、ミカンやバナナのフルーツ類も持ち込み料を徴収する、という決まりだった。

でも、葬儀会場の食事は高いし、コンビニやスーパーで食べ物を買って持ち込み料を払ったほうが安いんじゃないだろうか。

あれこれ計算し、迷い、通夜や葬儀を迎えたら、年寄りの親戚は勝手に好きなものを持って来ていた。持ち込み料とかの話もなかった。

8位 挨拶

私は喪主である母に変わり、施主として挨拶した。どのような挨拶でも、まずひととおり口に出して言ってみる。そして、その後は、要点だけを覚えておいて、その時の感情や会場の雰囲気に合わせて挨拶の言葉を話すのがベスト。覚え過ぎると、忘れた時に、なにも言えなくなってしまうおそれがある。

通夜、告別式、火葬場での挨拶、坊さんへのお礼の挨拶など、5回ほど挨拶をした。話す内容は自由だけど、いちおうファーマット的な言葉は覚えておこう。

7位 花

「葬儀の花」というのは、不思議な世界だ。葬儀屋に依頼した花は、葬儀の後、葬儀屋が希望に応じて持ち帰り用に分けてくれたけど、葬儀屋に頼まず誰かが花屋で頼んだ花は、花屋にそのまま戻すそう。

何かあったら大変ということなのだろうか?

私の理解・認識不足で実際は違うのかもしれないが、その時はそうだった。

6位 仕事

前々から、親が死んだら、仕事がとても手につかず、1週間とか2週間とか休んじゃいそ-。

と思っていたが、実際はそうでもなく、葬儀の翌日には普通に通勤し仕事を始めていた。

5位 おくりびと

病院から葬儀会場に、父が運ばれ、1日そこで過ごした。死亡直後、暖かく柔らかだった体は、1日で固く、冷たくなった。棺に入れる時になって、汗っかきの男が、手際よく父の浴衣から白装束へ着せかえていった。

この文章のように、いままでは「男」だった。でも、当時は、モックンの映画が話題になり始めた頃だったので、ああ「納棺師」だって思い、その仕事ぶりに注目した。

4位 喪服

葬儀の何年か前に煙草をやめた。その反動で、デブになった。お腹が出て、おしっこをするときに、「自分のもの」も見えなくなっていた。その人生で一番太っていた時期に、普段着使いもできそうなブラックスーツを買った。

その後、私は「歩く」ことを始め、10キロやせ、ウエストが15センチ細くなった。葬儀の時はスーツの上も下も超ぶかぶかで、腰からズボンがずり落ちないか心配しながら、なんとかのりきった。

3位 おくやみ欄掲載

死亡当日、葬儀会場の担当者と早めに打ち合わせをしたのが、新聞のおくやみ欄への掲載に関してである。次の日に載ると思ったが、掲載されたのは通夜が終わった翌日の朝刊だった。

1万円でも多く香典を集めたかったこっちの思いは、通夜の前に掲載され、父の知人が一人でも多く(香典を持って)葬儀に集まることだったが、なかなか上手くいかないものだ。

2位 香典

葬儀で一番気になったのは、人様からの香典だ。幸い、私のたくさんいる伯父達が相当な額の香典をそれぞれくれたので、そこから「葬儀代」を払うことができた。

通夜の夜、私は、香典の額を合計しながら、胸をなでおろした。持つべきものは、近くの他人よりも、遠くの親戚である。

1位 お金

人生でいちばん金がなかった時に、父が死んだ。父がもう長くないとわかったとき、悲しみよりも、葬儀の金はどうすればいいんだろうという心配事が先に胸にあふれた。

大好きだった父だったが、こんな時に死なないでくれよ、という、気持ちが先に立ち、死んで、焼かれて、骨になっても、涙がでなかった。

泣くことができる者は、金銭的に余裕がある者だ。

父よ、私は、涙を、流したかったのですよ

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