平凡に生きてきた60代の男が「人生で聴いた歌のベスト100」

私のウタリ(仲間)に、「ゴジラの同級生」というユーチューバーがいる。

ユーチューブを始めてから2か月で登録者4名。本人曰く、「まだ様子見状態なので、登録者や再生回数が少ないのは気にしていない」とのこと。「残念ながら、僕はユーチューバーじゃなく、普通の60代の男だ」

その彼が作った動画の中に、「人生で聴いた歌のベスト100」というものがあった。好きな曲というより、彼のノスタルジーで選んだ100曲だ。その曲の一つ一つに珠玉の思い出がある。

ユーチューブ動画での発表だけではもったいないので、当ランキングサイトで紹介することにした。

当サイトの基本はベスト10なのだが、今回は特別にベスト100の紹介となる。

それぞれのコメントは動画で彼が語ったことを短くリライトしたものだ。

興味のある方は、「ゴジラの同級生」のユーチューブ動画のご視聴も併せてお願いします。



第100位「回転禁止の青春さ」美樹克彦 1966年

タイトルのインパクトだけでランクインしました。

第99位「エイトマン」   1963年

小学生の時、この曲を、縦笛でマスターしようと、学校でも、帰り道でも、家でも、笛を吹いていたことを思い出します。

第98位「骨まで愛して」城卓矢 1966年

小学生の時、床屋にいたら、この曲がラジオから流れてきた。骨まで愛すって、どんな愛し方なんだろうって思いました。

第97位「夏にご用心」桜田淳子 1975年

この頃の淳子は可愛かった。ミニスカートをはいて。少女が大人になろうとしている色気が唇や脚からほとばしっていた。

第96位「オー・チン・チン」ハニー・ナイツ 1969年

中三の時の修学旅行。旅館の遊戯施設にあったジュークボックスにお金を入れてこの曲を選んだ記憶があります。

第95位「銀河のロマンス」 ザ・タイガース 1968年

「世界は僕らを待っている」の映画の中で歌われていましたよね。

第94位「嫁ぐ日」 はしだのりひことエンドレス 1973年

胸がきゅんとする「懐かしさ」を感じる名曲です。

第93位「ランナウエイ」シャネルズ 1980年

歌も当然良かったけど、靴墨を顔に塗ったグループの登場に驚きました。

第92位「伊勢佐木町ブルース」青江三奈 1968年

たらんたたららったら、はあ♬。よくまねしました。

第91位「虹とスニーカーの頃」チューリップ 1979年

24歳の頃に、東京の白金からタクシーで目黒方面に向かう雨の日、ラジオからこの歌が流れてきました。僕は、泣きそうになりました。その思い出はあるのだけど、なぜ泣きそうになったのか思い出せません。

第90位「バラが咲いた」マイク真木 1966年

小学生の時に、鼓笛隊で、この曲を奏でました。その時の記憶があるので、ランキングにはいりました。

第89位「自動車ショー歌」小林旭 1965年

この歌を10数年に一度は思い出し、自分の中でブームになります。コロナにちなんで、この曲で「替え歌」をつくりました。

♬あの娘と 行けなく なっちゃった
花見に 野球に コンサート
家族全員 ひきこもり
2020(ニーマルニーマル)コロナイヤーん
ジャラジャラ遊ぶのも がまんして
そのうちみんなで 飲みましょう♬

第88位「花はおそかった」美樹克彦 1967年

100位の「回転禁止の青春さ」と合わせて2曲も美樹克彦の歌が入っています。この歌手が選ばれるとは、僕自身思いもしませんでした。

第87位「君のハートに火をつけて」あいざき進也 1975年

秀樹、五郎、ひろみの時代だったけど。御三家の陰で、いい歌を歌ってましたね。

第86位「世界の国からこんにちわ」 三波春夫 1967年

ご存じ、1970年大阪万博のテーマソング。皆さんは、万博へ行きましたか。僕はいけませんでした。

第85位「老人と子供のポルカ」左卜全とひまわりキティーズ 1970年

やめてけれ、ゲバゲバですよね。今思えばこの歌は痛烈な社会批判の歌ですよね。

第84位「年下の男の子」キャンディーズ 1975年

僕は美樹ちゃん派でした。

第83位 「クラリネットをこわしちゃった」1963年

NHK、「みんなのうた」で一番憶えているのはこの曲。2番目は、「おなかのへる歌」です。

第82位「戦争を知らない子供達」ジローズ 1970年

僕も「戦争を知らない子供」です。僕の子供も、そのまた子供も、その先の未来に生まれてくる子供も、みんな戦争を知らない子供たちでいてほしいです。

第81位「芽生え」麻丘めぐみ 1972年

「私の彼は左きき」より、こっちのデビュー曲の方が好きです。 可愛かったよね。今でも芸能界にいるけど、「別物」と考えるようにしています。

第80位「青い珊瑚礁」松田聖子 1980年

松田聖子の歌を始めて聞いたときに、80年代の始まりの年でもあり、時代が変わるなって、思いました。

第79位「少年忍者 風のフジ丸」    1964年

風のフジ丸ファンの多くの人は、知っていますよね。このアニメ番組のスポンサー名を、そう、ふじさわ、ふじさわ、ふじさわ薬品でしたよね。

第78位「スーダラ節」植木等 1961年

わかっちゃいるけどやめられない。その通りだと思います。

第77位「少年ケニア」     1961年

子供向けのドラマではあったけど、スケールが大きかったですよね。僕の世界観が広がった名作中の名作です。

第76位「透明人間」ピンクレディー 1978年

透明人間と言えば、ザ・ベストテン。ピンクレディが、消えますよ、消えますの歌と共に、なんとテレビから二人の姿が消えたのです。当時のテレビ技術では、画期的なことでした。

第75位「ロマンス」 岩崎宏美 1975年

大学時代に麻雀をする時に、よく口ずさんでいました。

第74位「六本木心中」アン・ルイス 1984年

この曲を強烈に印象付けたのは、夜のヒットスタジオですよね。吉川晃司が乱入し、卑猥な踊りでからんでいました。

第73位「真っ赤な太陽」美空ひばり 1967年

ミニスカートで美空ひばり。今思えば、30歳くらい。その年齢から、もう、美空ひばりーだったけど、ガッキーの32歳より若いなんて。

第72位「セーラー服と機関銃」 薬師丸ひろ子 1981年

カラオケで原曲である来生たかおの「夢の途中」を歌ったことがあります。良い歌だけど、3番まであるのは長いです。

第71位「カントリーロード」ジョン・デンバー1971年 

カントリーロードは、2度ヒットしましたよね。1971ジョン・デンバーと、1976オリビア・ニュートンジョン。僕は両方とも好きです。

第70位「純愛」ザ・テンプターズ 1969年

「腕に傷をつけて、腕と腕を重ね」で、腕をクロスさせて歌うショーケンの姿格好良くて、僕も、結構、クロスさせていました。

第69位「ふりむかないで」ハニー・ナイツ1970年

エメロンのコマーシャルの曲。ストカー気味のCMではあるけど、この歌は、皆覚えていますよね。

第68位「シーラブズユー」ビートルズ 1964年

数あるビートルズの曲の中で印象に残っているのは、この曲。英語を覚えたての頃だから、彼女はあなたを愛している。第三人称が主語の時は動詞のLOVEにSがつく。すっかり学びました。

第67位「男の子女の子」郷ひろみ 1972年

フォーリーブスが司会の番組。スタジオにステージが作られ、フォーリーブスの江木俊夫だったかが、それでは僕らの弟分を紹介します。といったあとに、客席からステージに上がってきたのが郷ひろみ。つくられた人形みたいな顔で驚いた記憶があります。

第66位「恋人がサンタクロース」松任谷由実 1980年

この曲、ホイチョイ制作の「私をスキーに連れて行って」に流れていましたよね。なんといっても、この歌の中の物語性が素晴らしいです。

第65位「家に帰ろう(マイ・スイート・ホーム)」 竹内まりや1992年

名曲だらけの竹内の曲の中で、この曲が好きです。

第64位「マイスイートロード」ジョージ・ハリスン 1971年

ビートルズが解散した直後、ジョージ・ハリスンが一番がんばっていたと思います。

第63位「赤い風船」浅田美代子 1973年

「時間ですよ」の中で、堺正章と一緒に歌った「赤い風船」が好きでした。

第62位「イノセントワールド」ミスターチルドレン 1994年

人生で聞いたというくくりではなく、「好きな曲」「いい曲」というテーマで選んだとしたら。この曲は10位前後まで上がって来るのではないでしょうか。

第61位「霧の摩周湖」布施明 1966年

熱唱型の布施明が、一番布施明らしさを発揮した曲でしたね。

第60位「ひなげしの花」アグネス・チャン 1972年

当時、小柳ルミ子、南沙織、天地真理、麻丘めぐみ、森昌子と、お腹いっぱいになりかけているところに、突然、アグネスが登場しましたよね。皆さんの中でアグネスチャンの評価はどうですか。

第59位「オオカミ少年ケン」 1963年

ひところ、自分の食器や、はし、スプーン、フォークがオオカミケンものになっていた時代がありました。

第58位「あの素晴しい愛をもう一度」加藤和彦と北山修 1971年

名曲ですよね。北山修の詩の世界には「花」が結構出て来るのだけど、花は、反戦と平和の象徴で、北山修の思いは一貫しているよね。

第57位「白いサンゴ礁」ズー・ニー・ブー 1969年

グループサウンズ時代の末期に登場したズー・ニー・ブー。当時の思い出は特にないのに、GSの曲を振り返ると、なぜか、この曲が真っ先に心に浮かんできます。

第56位「恋のバカンス」 ザピーナッツ 1963年

シャボン玉ホリデーをずっと見てました。「恋のフーガ」「モスラ」「ふりむかないで」、いい曲は多いけど、ザピーナッツの中ではこの曲が一番かな。

第55位「真夏の出来事」平山美紀 1971年

松任谷由実がつくったんじゃないかと思えるような曲の世界ですよね。

第54位「シクラメンの香り」 布施明  1975年 

大学の時に、大学祭ののど自慢大会に誘われて、この曲を歌いました。1次予選で失格です。ちなみに、2次予選で歌うつもりだったのが、「イチゴ白書をもう一度」

第53位「さらば涙と言おう」森田健作 1971年

今の千葉県知事、若い時に、一時代を築いてましたよね。「よしかわくん!」

第52位「愛の水中花」松坂慶子 1979年

女優の格で言ったら、27歳の時の綾瀬はるかが、突如、レオタード姿で歌うくらい、当時はインパクトありましたよね。

第51位「太陽がくれた季節」青い三角定規 1972年

村野武則。涙は心の汗だ。その時の「飛び出せ青春」のテーマ曲。他のドラマを挟んで、中村雅俊の「われら青春」はこの翌年でした。

第50位「ナオミの夢」ヘドバとタビデ 1971年

世界歌謡選手権で優勝した時の歌ですね。「ナオミ」は聖書にも登場し、外国でも女性の名前に使われていることを当時、初めて知りました。

第49位「ある愛の歌」アンディ・ウイリアムズ 1971年

ある愛の詩ブームがありましたよね。音楽や映画ばかりでなく、小説もヒットしていたはず。「愛とは決して後悔しないこと」ですよね。

第48位「ガンダーラ」ゴダイゴ 1979年

堺正章、夏目雅子の西遊記は、僕にとって、日本のドラマ史上でもトップレベルの面白さがありました。

第47位「メロディ・フェア」 ザ・ビージーズ 1971年

心の中に残っている映画の一つ。トレシー・ハイド、可愛いかったですね。この映画の中で他に、若葉の頃、インザモーニングなどビージーズらしい名曲を残しましたよね。

第46位「恋のナイトフィーバー」ビージーズ 1978年

この変わりようが何だ。というくらい、ビージーズの音楽が変わって、おどろきました。ちなみに、映画「サタデーナイトフィーバー」を見たのは、隅田川花火大会が復活した年でした。

第45位「古い日記」和田アキ子 1974年

和田アキ子の昔の歌はどれもカッコいいけど、この歌が一番好きです。

第44位「魁傑ハリマオ」三橋美智也 1960年

拳銃をバンバン撃ってたけど、児童向けドラマの最高峰だと思います。三橋美智也の歌もグッドです。

第43位「さよならをするために」ビリーバンバン 1972年

みんなご存じ、石坂浩二の作詞ですね。この曲もカラオケで歌ったことが何度もあります。

第42位「名犬ロンドン物語」  1963年

犬のドラマと言えば、僕らの世代は、「名犬ラッシー」。だけど、歌に関しては、こちら。町々で事件を解決して、主人公の犬が去って行くときに流れる曲が、もの悲しくてずっと心に残っています。

第41位「ラブマシーン」モーニング娘。 1998年

後藤真希、髪染めてて、中学1年生で、可愛らしかったよね。アサヤンでオーディションのときからずっと見ていたので、親しみがあります。

第40位「ケンとメリー~愛と風のように」BUZZ  1972年

「愛のスカイライン」CMの曲でしたね。モデルも、車も、カッコ良かったですよね。

第39位「ママがサンタにキスをした」ジャクソン5 1970年

1970年、ラジオ洋楽のヒットチャートで流れていましたね。師走に、万が一カラオケに誘われたら歌おうかなと思い、風呂場で練習したことがあります。

第38位「時の過ぎゆくままに」沢田研二 1975年

3億円事件をモチーフにした「悪魔のようなあいつ」。沢田研二が、いつも、最後に歌ってましたね。

第37位「イマジン」ジョン・レノン 1971年

良い歌で、こんな位置にいる曲ではないのだけど、イマジンの曲にまつわる思い出がないんです。

第36位「虹と雪のバラード」 トワ・エ・モワ 1971年

1972年札幌オリンピックの公式テーマ曲。この今日も実は、「東京五輪」や「大阪万博」と同じように何人かの歌手に歌われたのだけど、トワ・エ・モアしか記憶にありません。

第35位「イエスタデー・ワンス・モア」カーペンターズ 1974年 

高校から大学へかけての時期は、カーペンターズの全盛時代でした。

第34位「遠い世界に」五つの赤い風船 1968年

遠い世界に~って、みんなで、歌いましたよね。

第33位「恋の季節」ピンキーとキラーズ 1968年

ピンキーも若くて可愛らしかったよね。好きになりかけたことがあるが、年上なので。

第32位「水色の恋」天地真理 1971年

真理ちゃんのデビュー曲。悲しいトーンで歌うか、楽しいトーンで歌うかによって、印象が違って来る不思議な曲です。ところで、皆さんは、真理ちゃんファンでしたか。僕は、違います。

第31位「花嫁」 はしだのりひことクライマックス 1971年

当時、ヒットメーカーであった作詞家の山上路夫がこの曲の北山修の作詞に感心したという文書を読んだことがあります。「小さなかばんに詰めた花嫁衣装はふるさとの丘に咲いていた野菊の花束」ここがいい。僕には書けないと語っていました。

第30位「時代」 中島みゆき 1975年

「世界歌謡選手権」で、「時代」を歌い、社会に広く知られるようになりましたね。1972年、まだ大学三年生だった中島みゆきとの出会いをユーチューブで述べていますので、ぜひご覧ください。

第29位「モンキーズのテーマ」ザ・モンキーズ1966年

モンキーズもひところ人気がありましたよね。夕方にやっていた「モンキーズショー」。いくつかの名曲が番組内で歌われていました。その中で印象に残っているのがこの曲。タイガースも、「へへい、ういあーザ・タイガース」って歌っていましたね。

第28位「京都慕情」渚ゆう子 1970年

ベンチャーズ作曲、京都の恋に続く名曲ですよね。

第27位「愛は傷つきやすく」ヒデとロザンナ 1970年

ロザンナ、可愛かったです。彼女は、18、19歳かな。こんなに可愛いイタリア人を初めて見ました。

第26位「シェリーに口づけ」ミッシェル・ポルナレフ 1969年

中学から高校にかけて、ラジオをよく聞いていました。洋楽ベスト10のような番組があり、そのときにランキングの常連でした。他にダニエル・ビダルやシルビー・バルタンなど、昔はフランスの曲がヒットするという時代がありましたね。

第25位「花・太陽・雨」PYG 1971年

タイガーズの解散後、沢田研二と、テンプターズを脱退していたジョーケンのダブルボーカルもさることながら、僕は岸部修三に注目していました。この歌の作詞も、岸部修三なのですが、彼は音楽的な才能が豊かな人で、俳優として有名になった今でも、沢田研二のコンサートでベースを弾いてますよね。

第24位「圭子の夢は夜ひらく」 藤圭子 1970年

高校に入った年で、藤圭子に恋をした者たちが、結構いました。

第23位「鉄腕アトム」 1963年

空を越えて、ラララ 星のかたな。希望感、未来感のあるスケール大きな曲です。

第22位「夜明けのスキャット」由紀さおり 1969年

イエローモンキーもカバーしていますね。この曲を初めて聞いたときに、スキャットってなんなのか、よくわかりませんでした。

第21位「風」 はしだのりひことシューベルツ 1969年

「そこにはただ風がふいているだけ」。スーダラ節の「わかっちゃいるけどやめられない」、天才バカボンの「これでいいのだ」に匹敵する、フレーズだと思います。

第20位「君といつまでも」加山雄三 1965年

加山雄三の「若大将シリーズ」ほとんど見ました。その中で心に残っているのは、やはり、この曲。星百合子と一緒に歌ってましたよね。

第19位「帰ってきたヨッパライ」ザ・フォーク・クルセーダーズ 1967年

レコードを早回転させて面白がっていた記憶があります。加藤和彦、北山修、はしだのりひこ。天才たちの、すごい才能の、あつまりでした。

第18位「ヴィーナス」ショッキング・ブルー 1969年

つんくがヴィーナスを意識してつくったのがモーニング娘のラブマシーン。「悲しき鉄道員」と合わせて、ショッキング・ブルーのブームがありましたね。

第17位「男の世界」ジェリー・ウォレス 1970年

1960年代と70年代はガラッと変わりましたよね。その端境期に登場した曲として、印象に残っているのがこの曲。チャールズ・ブロンソンのマンダムのCMとセットで憶えています。

第16位「ひとりじゃないの」天地真理 1972年

時間ですよの隣の真理ちゃんから、日本の真理ちゃんになり、アイドルとして一時期トップに立ったことがありますよね。この「ひとりじゃないの」の歌は、現在のCMにも使われてもいんじゃないかと思います。

第15位「さらば恋人」堺正章 1971年

堺正章のソロデビュー曲。僕の好きな北山修の作詞。「街の灯り」のほうが好きだと言う人が多いと思うけど、ぼくはコチラの曲。

第14位「京都の恋」渚ゆう子 1970年

ベンチャーズが作ったこの曲は、歌謡曲らしい、いい曲です。彼女はミニスカートで歌ってましたね。

第13位「君をのせて」沢田研二1971年

沢田研二のソロデビュー曲ですね。「それではそろそろまいりましょうか」NTV紅白歌のベストテンに初登場した日、司会の堺正章のテンションが高く、会場もざわついていたことを憶えています。

第12位「手紙」 由紀さおり 1970年

夜明けのスキャットは「キワモノ」のような曲だけど、これは、まさに歌謡曲。カラオケでも歌った記憶があります。「生きがい」と合わせて、由紀さおりのピークの時代でしたね。

第11位「アイドルを探せ」シルヴィ・ヴァルタン 1964年

この曲が、私が、人生の中で聞いた外国の曲のベストワンです。かっこいいよね。バイオリンを交えた編曲と合わせて、すべてが素晴らしいです。

第10位は「不思議なピーチパイ」竹内まりや 1980年

この曲は資生堂のCMソングに使われていましたね。加藤和彦作曲、安井かずみ作詞で、歌が竹内まりや。ちなみに、まだ無名の一般の大学生だった竹内まり(緑系のカーキ色の上着を羽織っていたっけ)やとの出会いについて、」ユーチューブで述べています。ぜひ、ご覧ください。

第9位「愛の奇跡」 ヒデとロザンナ 1968年

二人組の歌手で、真っ先に浮かぶのが、このふたり。イントロのところが「恋のフーガ」の出だしに似ているところがグッド。

第8位「これが青春だ」布施明 1966年

昔、日テレの日曜8時からは、若者青春枠のドラマでしたね。その始まりは「青春とはなんだ」で、夏木陽介が先生役で、ラグビーでしたね。次は「これが青春だ」。竜雷太が先生役で、今度はサッカーでした。ドラマに布施明の歌がとてもマッチしてました。

第7位「君だけに愛を」 ザ・タイガース 1967年

グループサウンズ時代をテーマにしたテレビドラマ(もしくは映画)があればいいのにと思って、昔、シナリオを書いて応募しようと思ったことがあります。「ロック界を制する」と言われる魔法のギターを手に入れた現代の少年が1967年にタイムスリップして、GS時代のスーパーアイドルになってしまう話。そのオープニング曲に予定していたのが、この「君だけに愛を」。GS時代は50数年前の出来事。もう遠い時代になっちゃいましたね。

第6位「勝手にシンドバッド」サザンオールスターズ 1978年

1978年、夏。スイカを食べながらNTVの「カックラキン大放送」を見ていたら、白いランニング、白い短パンのバンドが登場しました。歌詞はほとんど聞き取りにくかったけど、今までの音楽とは全然違う、スゴイって思いました。

第5位「俺たちの旅」 中村雅俊 1976年

中村雅俊が中村雅俊らしかったドラマの主題歌。大学時代にみた青春ドラマなので、とても印象に残ってます。井の頭公園にも行きました。その後、10年後、20年後、30年後、の「俺たちの旅」もみました。40年後もあるかなと思ったら、無かったですね。心にしみる、歌です。

第4位「22歳の別れ」 風 1975年

22歳の時に女の子と別れました。付き合っていなかったけど、僕の心の中で、別れたのです。この曲を聞くと、いろんなことが蘇ってきます。

第3位「天使の誘惑」黛ジュン 1968年

「人生で聴いた歌」のくくりではなく、「好きな歌」のくくりだと、たぶん、この歌が一番です。作詞、作曲、編曲、歌声。全て満点です。いま、デビューしても大ヒットするだろうと思います。

第2位「白い色は恋人の色」 ベッツィ&クリス 1970年

この歌を聴くと、カルピスの味を思い出す。高一の時、母親と知り合いのうちに夏のご挨拶に行ったら、カルピスが出された。それをストローでまぜ、氷がからんと音を立てたその時、この歌がTV(ラジオ)から流れてきた。北山修の作詞。平和のシンボルの白い花がでてきますが、「白い色は恋人の色」の白は、僕にとってはカルピスの色なのです。

第1位「17歳」 南沙織 1971年

1971年、NTV紅白歌のベストテンの「6月の新人コーナー」で出会って以来、南沙織一筋。はじめてテレビに出ている人に、僕は恋をしました。その恋は今でも続いている、これぞアイドルと言える女の子。人生で一番好きな歌はこの歌ではないのかもしれませんが、「人生で聴いた歌のベスト100」のような自選のランキングになると、まよわず第1位です。

なお、「ゴジラの同級生」のチャンネル内にこれらの曲の再生リストがあるとのこと。

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